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私は元号を忘却している。公式書類の生年月日の元号は必要上、昭和19年を覚えている。最近今が平成20年であることを知った。 どうして頭の中が西暦になったのか考えてみた。 歴史の勉強の結果である。日本史の中での時代認識のため元号は使用せず、西暦であった。元号で言われると、歴史の流れの中での位置が分からないからである。 明治元年(1868年)は今から何年前かといわれたとき、元号ではすぐには分からない。西暦だと2008−1868=140年と計算される。 大化1年 675年以前には元号がない。 養老元年はといわれたら、日本の歴史の中での位置が分からない。 いまだ元号を使用しているのは、世界で日本だけである。 元号のように、文字も漢字、ひらがな、カタカナと多彩な文化を持つのが日本である。JALのカレンダー、PCの日付にも元号が記載されていない。 記憶力のない私にとって、とても覚えることが出来ないのが漢字と元号である。 来年2009年、屋久島は皆既日食が見られる年である。 不景気の世でもあることだし、1万人以上来ていただき、屋久島の経済を潤してもらいたいが。屋久島町はトイレもゴミ箱もなく、4500人と制限されているので経済は潤わないであろう。 頼りは、民宿とガイドの皆さんがんばってください。 奈良の知人から、機能トップレベルの手作りデスクトップPCを頂き、デスクトップPCと電波受信ノートPCを組上げた。 私のデーターはノートPCにあるので、それを両方のPCで兼用したいのであるが、この操作がわから奈良の知人の指示を仰ぎながら、データーをデスクに移管。アドレス移管となるとこの上なくわからないが、電話の指示で移管完成。 年末とはいいながら、普段の生活と変わりない。 日々倉庫の棚作りに精を出している。 選定はさみ4本研ぐ。 屋久島の気温16度から20度で春である。いろいろな花がちらほら咲いている。4月になっても満開とはならず、またちらほらさくであろう。 だんだん私も似てきて、頭の中がちらほら刺激される! ちらほらしながら、わが世の春を楽しんでいきたい、生きたい、逝きたい。 |
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