日本の国は まほろば

日本の国は まほろば

ここ10年ぐらいのうちに、
権利だけを言う人が多くなってきた。
まずは労働の義務、納税の義務、教育の義務の上に
福祉は成り立つことを忘れてはならない。
義務と権利があいまって国は成り立っていく。

海外から日本に帰ってくると、
日本の美しき山並みと田園風景、
町並みの清潔感、
人の穏やかさに
目を見張る。

前段 言葉の説明
まほろばとは、
「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という
意味の日本の古語。

日本神話の英雄ヤマトタケル「日本武尊」
(第12代 景行天皇の望郷歌とされる )
古事記和歌

倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく青垣 
山隠(やまこも)れる 倭しうるはし

(大和の国は国々の中で最も優れた国だ。
重なり合って青々とした垣のように国を囲む山々。
(その山々に囲まれた)大和は美しい)

倭の解字は「ゆだねしたがう」「柔順なさま」
「つつしむさま」、また「うねって遠いさま」
よい方に解釈すれば、柔順な人の国とでも
解釈しましょう。



日本の国づくりにかたむける意欲を記述した
古事記を称えた音楽
海外で活躍する幾多郎 古事記の
壮大な叙事詩の音楽である。
http://www.youtube.com/watch?v=CN6empIYCMc&feature=BFa&list=WL870D20297EE4C063

日本の国は今でも
倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 
山隠(やまこも)れる 倭しうるはし
の歌のように、古人の努力によって築かれて営々と
まほろばの国土とつつましやかな人情を保ってきた。
海外から侵略されることなく、
多少の民族の混血があったとしても、
縄文、弥生時代と先住民族そままの日本人が
形成された特異な国である。
海外からの文化も時間をかけて
咀嚼しながら混合文化を形成してきた。
ゆえに文化に対し排他的文化を持たない国である。
食べ物、服装、芸術、文明など
色々な文化と混合した社会である。
これまで、他民族との交流が少なかったため、
人種に対しては排他的ではあるが。

民主主義を掲げて他の国と同じ
政治形態を構築しているが、
政治は実態と趣旨がかけ離れた状態である。
実態政治は党利党略に明け暮れ、
烏合の衆となっている。
すでに国民は政党を見放しているようである。
支持政党なしが50%を占めている。
政治は古事記の時代、明治維新の国を
作っていく気概が欠如している。
政治家は民主主義形態のお飾り、
金食い虫に堕落している。
特に市町村政治は民主主義に名を借りた
無用の長物である。

期待するのは実質権限を持つ官僚である。
官僚は国づくりの気概を持って
善政を行ってほしいものである。

日本は国の負債1000兆円に対し、
個人金融資産は1500兆円である。
それでもなお国民は福祉を望むのであろうか。
個人の資産を温存して、
国に福祉を多く望むのは吝嗇である。
あくまでも国に関係なく個人の保険として
年金も健保もすべて統一すべきである。
資産のない人のみが生活保護、
身体障害者の給付と
優遇措置を受けるべきである。
日本国民が福祉という欲望でまほろばの日本を
食い尽くしてはならないと思う。
福祉はお金を必要とする。
日本を食いつくし、
他力本願的日本にしてはならない。

権利だけを言う人が多くなってきた。
まずは労働の義務、納税の義務、教育の義務の上に
福祉は成り立つことを忘れてはならない。
義務と権利があいまって国は成り立っていく。


環境破壊、生態系(エコ)破壊の最大の原因は
人口増加と利便性の追求である。
このことを環境保護団体、生態系保護団体の
人たちは言わないようである。
枝葉末節のことで騒ぎ立てるようである。
人が生きていくために環境破壊、生態系(エコ)破壊が
起こっているのである。
環境保護団体、生態系保護団体の人たちが
生きていくために環境破壊、生態系(エコ)破壊が
起きていることを忘れているか、
自分はいいが他人はだめの感覚であろうか。
人間皆同罪である。
だからこそ人間増加を食い止めなくてはならない。
地球の負荷を軽くするしかない。