見知らぬ人がこられた  13日

見知らぬ人がこられた  13日

14時ごろ2階にいると下から家内が
うろたえた様子で私を呼ぶ。
玄関に行くと見知らぬ背の高い二人が
我が家を訪問してきた。(身長180cm以上)
一人はアメリカから来たと言う。
どうして私を知っているかと聞くと、
母から屋久島に小川さんという人がいると
聞いてきたと言う。もう一人はそのおじさんである。
アメリカの学生で日本語ペラペラなので
この人がアメリカ人とは思えない人である。
色々話しをしながら記憶を追いかけると、
アメリカに住んでいた時の知り合いの
幸子さんを思い出した。
これで納得したがまだ記憶はない。
これから私が質問を始めた。

この住所を知っていたのか?
知らなかったが海の近くの温泉付近の
喫茶店で陶芸をする小川さんを知らないかと
聞くと教えてくれた。

どうして日本語がそんなにうまくしゃべるのか?
母が普通に家でしゃべっていたので!
私も普通にしゃべっている。

英語と日本語をしゃべる時はどちらかに
翻訳しているのか?
していない、日本語の時は、頭は日本語で
考えている。

学生ですか?
18歳で今年高校を1番で卒業して
大学の生物学を専攻して9月から入学する。
今両親と共にボストンに住んでいる。

名前は?
Enzou と言う。円蔵は1月生まれ?
そういえば幸子さんから、円蔵と名前を付けるが
おかしくないかとの電話があったことを
家内が思いだした。

記憶の断片をつなげていくようなものである。

18年前といえば私がアメリカを離れたときである。
そういえば幸子さんに子供が生まれたと聞いた。
写真を次から次へと見せてもらった。
ほとんどが私のアメリカの家の庭での写真である。
そこにおじさん夫婦、おばあさんの写真がある。
私にはまったく記憶にない。
家内が思いだして、そうそう来られたと言う。
あなたは知らないが、あなたが会社に行った昼間に
来られたから知らないはずだと言う。
20年前の記憶を呼び出さなければならない。
円蔵の両親の写真を見せてもらったら、記憶が少し!
お父さんは当時日系のパイオニアに勤めていたという。
このパイオニアで記憶が完全に呼び戻された。
そういえばパイオニアに勤めていたアメリカ人と
日本人の奥さんとの交流があった。
これが記憶の原点である。
父親が東南アジアを転勤で渡り歩き、
息子が日本で結婚して日系のパイオニアに
転勤してきた夫婦を思いだした。
それから二人を知人であるとの認識がよみがえり
色々な話が弾んだ。
毎年兄弟でおじいさんおばさんのところに2か月間
帰郷していたと言う。
レンタカーが無くてバイクを借りての屋久島
旅行である。
明日14日トッピー、飛行機で愛知県に帰ると言う。
そういえば円蔵の日本語に愛知のイントネーションが
少し入っている。
幸子さんは二人の息子に完全な日本感覚日本語を
家庭で教え込んでいる。

今日は記憶を振り返る楽しい時を過ごした。