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zoom RSS 鼠径へリニア手術後血腫でまた入院 10日〜22日

<<   作成日時 : 2019/04/22 18:55   >>

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鼠径へリニア手術後血腫でまた入院 10日〜22日

病気にならないための入院時の鉄則。
1 昼間は寝ない。
2 ベッドにとじ込こまらないで、できるだけ歩く。
3 疑問があったら医師と看護師に質問する。

今給黎病院で鼠径へリニア手術4月1日後4日に退院したが、4日に抗凝固阻止剤を飲んだため出血して血腫ができた。5日その血腫が破れて組織内部を下って太ももと金玉が紫色になる。6、7日は土日で病院は休みである。今給黎病院と連絡を取り8日月曜日に屋久島徳洲会病院で検査した。エコーとCTで大きな血腫が見られた。手術の切り口の左下腹がますます膨れ上がり痛い。
へそ下から太もも全体が紫かから黒色に変色した。今給黎病院と交渉するが12日金曜日来院と言う。それまで放置できないので10日08:30に診察してもらう
ことになった。

9日に鹿児島市内のゲストハウス1900円へ移動した。

10日
今給黎病院に08時前に行き、08:30診察時、採血とエコー、CTの検査をすると言うから、8日に医療費4万円もかけて検査したのだから8日の屋久島徳洲会病院検査データーを使用してほしいと申し入れた。OKが出た、言わなければ2重の医療費となる。診断は黴菌が入る恐れがあるので血腫を切開しない方がよいとの診断である。入院して様子を見ることになった。受付案内で患者の診断書とデーターの所有権はどこにあるか聞くと、患者の所有権であるという。
診断書と検査データーをネットで日本全国共有すれば、経費節減になると思う。

11日
今給黎病院7階に図書館があるので本を借りて終日本を読む。
普段と違い21時消灯なので眠るのに苦労する。「様子を見」であれば入院と自宅療養の差を聞いた。僻地(フロンティア)での非常時の医療体制であるという。屋久島徳洲会ではこの血腫は他病院の手術後の抗凝固阻止副作用で尻拭いになるので、対処できないと言われた。今給黎病院としては「非常時の医療体制」と言うのはもっともである。終日、本を読みながら血腫を保冷バッグで冷やしているだけである。

14日外出依頼を出して映画バイスとビューティフル・ボーイを観る。2食外食をしたが値ほどの美味しさはなかった。

15日、月曜日、10時から図書館に行って2冊本を借りる。
主治医が直接操作してエコー検査を行った。血腫の大きさ長さ68mm、幅30mm、高さ20mmの明太子型である。血腫が固まっている。これが無くなるまで数か月かかる。出血はしていない。出血は抗凝固剤エリキュースが原因であるから手術しても又出血と感染の恐れがあるので手術はしない。16日から抗凝固剤エリキュースを飲んで出血するかどうか確認する。

16日抗凝固剤エリキュースを飲み始める。さてどうなるか要観察である。抗凝固剤エリキュースを飲んでいるが血腫がどのようになっているかは外見上わからない。たぶん数日飲んでエコー検査で確認するのであろう。
前の入院時から大声で奇声を上げている人がいる。その部屋は2名部屋であるので隣の人はやかましくないのかと看護師に聞くと、隣は殆ど意識がないので問題ありませんと言う。しかし生きている人間であるから奇声を発しないよう穏やかな入院をさせてあげたら良いと思う。この階は外科で入院しているのでどのような病気か聞くのは控えた。ただ話を聞いていると高齢者の外科入院は癌のようである。私と同じで高齢者の医療費が高額になるのはうなずける。
やはり高齢者の1、2割負担と高額医療補助を改め3割負担にすべきである。
資産(所得、金融資産、固定資産の合計)に応じて負担割合を決めるべきである。
資産は税金を払った残りのお金であるから資産に国が手を付けると憲法の平等に違反するのでやっかいである。しかし資産隠しができないようにする制度が必要である。

男女午前と午後に分けてでシャワーを浴びる。私はカラスの行水なので数分で出てくる。

フランスのノートルダム寺院で火災が起こっていた。日本の国宝の災害対策を考えなければならない。国法的建造物は再建できるように図面化が必要である。
美術品は厳重保管して展示は模造品展示がよい。厳重保管ができないのであれば
自然災害の少ない国に移管保存依頼(売るのではない)する方が望ましい。

17日
抗凝固剤エリキュースを飲んで2日目であるが外見の腫れの変化なし。
7日間はいたって健康である。病院にいると病気になるような気分になる。老人が多いので室内が異様に温かく、異様な匂いに満ち溢れている。時々ベッド横の窓を開いて新鮮な空気を入れ替える。PCを持参したがネットには繋がらないので7階図書館のPCでブログを更新した。
枕近くに12mmの頭髪の上が多く散らばっている。鏡で見るとかなり髪の毛が後退している。1か月1回の散髪で前髪をのばす散髪法に変えなければならない。20年間、自分でバリカン散髪をしているが最新の散髪機を調べると、基本的には傘と同じで何ら発展はないことが分かった。アタッチメント数が多くなっているぐらいである。散髪のyoutubeを見て参考にした。
入院中することがないので、6時から21時まで時間はたっぷりあるので1日1.5冊のペースで本を読んでいる。
時々1階の待合ルームでNHKではないTVを見ると多くのカタカナ英語の意味が分からない。この言葉が今後残って言葉として国語辞典に残っていくのだろうかと思い巡らす。国語辞典と教科書がカタカナで埋まるのではなかろうか。NHKだけはこのカタカナ語を使用してほしくない。
18時再度エコー検査を受けたが血腫の大きさ変わらず、出血なしで18日の外出申請の許しがでた。後2,3日で退院である。
看護師の記憶はすごい。検診3回、薬を時間ごとに配達、高齢者の風呂、医者との連絡、PCへの記入等休む暇なく大変忙しく重労働である。記憶力なくしてこの仕事は務まらない。師長とも顔を合わせたが、この重労働に耐えた、医者よりも権威ある風貌である。それなりの人が師長になるのだと理解。

18日
ナースステーションに「警察官巡回中」のステッカーが貼ってある。他の科にも貼ってある。ところが病院総合窓口ロビーにはステッカーが貼っていない。入院の階だけに貼ってある。ナースに聞くと警察官を見たことがないと言う。建前は入院室で盗難が起こることがあるのでとのことである。ジョークのステッカーである。医者の回診は07:30と09:30の2回もある。聞くと医者の好意で正規回診前に行うとのことである。薬の飲み忘れと間違い投与を防ぐため薬は飲む時間ごとに配付される。さらに3回看護師の交代時にあいさつに来る。何かあると患者関係者がすぐに法に訴えることの対策とも考えられる。日本の医療は過剰サービスである。私から見れば医療従事者の更なる負担作業と見える。
10時半から外出した。農協スーパーとニシムタスーパーを見学する。価格は屋久島より2〜3割安い。昼食は握り鮨とから揚げで700円ぐらい。食べ終えて桜島フェリーに乗ると足がかゆくなった。蕁麻疹である。桜島に到着してそのまま引き返す。往復で320円、45分。タクシー620円で病院に帰る中,運転手71歳と話す。手当も退職金もなく身の保障がないためタクシーの運転手の成り手がないので定年は80歳である。月の給与は数万だという。病院に帰ると蕁麻疹が引いてしまったが、抗ヒスタミン剤をお願いした。

19日
1週間ぐらいの入院と思い心臓の薬を8日分しか持参しなかったので今日から病院が手配した同じ薬になった。
編上げサンダルに違和感があるので調べると底がパクリと開いている。近くのコンビニに行ってアロンアルファーを買い接着するとうまく接着出来た。靴底がパクと開くことが度々であるが、発達した接着剤をなぜ使用しないのか疑問が残る。
保冷バッグで血腫を冷やしているが、部屋の冷蔵庫から保冷バッグが一括無くなってしまう。それで袋にいれて名前も書いているがまた無くなってしまう。使用したら元に戻してほしいが誰かが使い捨てしているようである。さらにナース室から4個頂いで名前を書き、使用しないようにマジックで記載した。どうなるか?
僻地
朝の回診時退院日を聞くと僻地なので週末を避けて週明けに判断しますと言われた。屋久島は僻地医療地域に入るようである。僻地とは交通の便が悪い所か文化の異なる境地域であるが屋久島は僻地と言われるのも、なるほどと感心する。屋久島徳洲会総合病院があっても屋久島は鹿児島本土とも奄美大島とも文化の異なる最前線の地域であり、本土との交通の便から僻地となるのであろう。
屋久島の本土からの公務員も僻地手当が出ている。調べるとかなりの額である。
この公務員の転勤の壮行会があるのも屋久島の文化である。
しかし屋久島に私が住んでみて、文化的にもそこに入り込んでいないし、食料品も本土から毎週調達し冷蔵庫2台は満杯であり、他の必要なものはネット手配しているので本土に行くことがなければ僻地との感覚はない。食料品は屋久島産のもの(サバとトビウオが屋久島産)は殆どなく本土からの輸入食料品である。本土から見れば僻地と見えるのであろう。
ここの7階の図書室はほとんどが医療関係の本であるが、20冊ぐらいは児童文学かエッセイの本である。児童文学を読むと自分が65年前の小学生のころの時代に移行したような錯覚を覚え、エッセイは知らない世界と感性を刺激して面白い。
週末は図書館が休みなので3冊特別に貸し出しをお願いしたが断られたので、
癌相談室の本を4冊借りてきたので安心した。
「夜のピクニック」 恩田 陸作 は面白かった。

20日
毎日良い天気が続き、ベッドに居るのが勿体ない天気である。
毎日06時ごろから医者のような老人が誰もいないロビーでうろうろしているので、近づいて名札をみると理事長と書いてある。早起きなのですることがないのであろう。後で聞くとこの老医者は2代目で、今の理事長は3代目に移行しているとのことである。そういえば私が理事長ですかと尋ねたら返事を濁していた。
22日退院と決定。船が10:20なので09:00に退出できるように退院処理を早く行うように手配すると言う。

21日 
04時起床。また5個の保冷バッグがなくなっていた。バッグを使い捨てしているようだ。保冷バッグをナース室からまた頂いた。誰だか分かったが22日に退院するので小言はやめにした。
07時、退院22日と船で13:05安房到着を家内に連絡する。車は安房港に駐車させているのでお迎えは不要である。入院の高齢者は大きな声で携帯電話を長々と話をしてやかましい。高齢者はボケて周囲の状況を判断する能力が麻痺しているようである。
PCのネットを禁止しているが携帯電話使用を注意しない。手術室と集中治療室に行くときは携帯電話をとりあげているようだ。
色々な病院と薬局の集まった医療地域は浮世とは結界を作り、一時休憩した浮世離れしたところである。病院は国民皆保険で運営され入院患者は何も働かない生活保護者生活のようなところである。医療費不足でほとんど国債で賄われているのに、医療費値上げと消費税値上げと言うと受託者が反対と言う。高齢化率40%で,税金を納めると言うより取られるとの感覚でのわがままで他力本願的な国民である。みんなで税を納め、保険を受けるときは感謝の心が必要である。
病院食はまずくもなくて美味しくもなくて同じ時間に3食出てくる。
病院食は日に1800Kcalで、これと比べると普段の食事は2500Kcalぐらいあると思うが、体重が増加することもなく700kcalはどこへ行ったのだろうか。
病院食事は期待も諦めもなくただ食べているだけである。やはり何を食べたいかを考え、段取りを考え自分で作ってこそ喜びがあると思う。結論は食い意地である。

22日退院した。
12日間で2割自己負担1.8万円である。健康保険は有難いものである、感謝!!
帰りにスーパーに寄って殺虫粒剤3sを2000円(屋久島農協2900円)と安いので買う。牛筋500g購入した。買い物4sと入院荷物を担いで歩く。
高速船乗り場まで遠い、きつかった。
鹿児島10:20発、屋久島安房13:05着。
13:30帰宅した。猫のクロがお迎えで にゃ〜ん!にゃ〜ん!




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