人間の闘争 3-1

人間の闘争  3-1

日本の防衛を憲法で明確にするため
憲法9条改正の議論を行い国民の判断を仰ぐことを
推進すべきである。

人間の闘争の歴史
歴史を見るとヨーロッパは紀元前から氏族間、集落間、都市国家間で闘争を繰り返し、18世紀(江戸中期)の主権国家間の抗争(七年戦争など)を経て絶対王政が動揺し、アメリカ独立革命とフランス革命という「市民革命」(江戸末期)が起こって国家主権を国民が持つという意識が生まれ多くの国が誕生した。最近の200年前のはなしである。日本で言う明治の前後のことである。

産業革命が起こっている欧米が東南アジアやシナを侵略し、ロシアが南下する世界情勢の時に日本は開国して、幕藩体制から革命を起こして1886年明治政府設立した。今から151年前である。日本は植民地化の恐怖の状況下で富国強兵の政策をせざるを得ない。欧米は18中期から東南アジアとシナに対し軍事力を背景にして植民地化を目指していたからである。台湾割譲と朝鮮の合併もその当時欧米からの異議はでず、条約締結して合併し莫大な資金を投資して開発したのである。そこに黄色人種の日本が満州に女真族の傀儡満州国を1932年建設したことに欧米は反発して1938年日本の経済封鎖を行った。アメリカは1850年前後メキシコと戦争してカルフォルニア、テキサスなどを割譲した経過がある。
欧米は日本の侵略と言うが、自国を振り返れば多くの脛に傷ある身でよく言えたもんだと思う。
1941年から日本を戦争に引き込み、アメリカは欧州戦線に参入する画策をした。
日本から見れば民主党左派のルーズベルトの経済制裁で戦争に引き込まれたことになる。資源確保のため欧米の植民地東南アジアへ侵攻して欧米を排斥し統治した。当時日本は特異体制ではなく、欧米と同じ体制である。
戦争はしないことに越したことはないが、相手がどのような手段に出てくるかが問題である。
白人の欧米から見て、自分たちの利権を犯す黄色人種の日本が欧米と同じ行動を許さなかった。日本は経済封鎖に耐えきれず1941年真珠湾奇襲で大東亜戦争に突入した。外交と戦争の歴史の流れであるから負けたからと言って政治責任者が戦犯と言われる筋合いはない。戦争は経済制裁から始まる。経済制裁は宣戦布告とおなじである。さらにアメリカはロシアに軍事支援を行い、ヤルタ会談でロシアに東欧を明け渡し、ロシアを日本に参戦させた。これにより東欧とシナと朝鮮に共産国を誕生させる原因を作り出した。戦争と冷戦の元は民主党左派のルーズベルトである。