歴史を戦争裁判にかけるか

歴史を戦争裁判にかけるか

植民地支配国は裁かれることはない。
法の不遡及(ほうのふそきゅう)とは、
法令の効力はその法の施行時以前には遡って
適用されないという法の一般原則。
さらに裁く法律がない。

戦争は起こさない方がよい。
世に戦争が好きなものは軍需産業ぐらいなもので
あろう。世に多くの英雄と呼ばれた人たちは
すべて戦争を起こしている。
アレクサンダー、カイザー、始皇帝、コロンブス、
ナポレオン、など上げればきりがないが
すべて侵略の英雄である。
その英雄は戦犯でもなく、その国は謝罪も
賠償もしていない。
その時代流れで起きた歴史としてかたづけられている。
歴史を現在の思想で裁くことは出来ない。
それで朝鮮は国連へ謝罪と賠償を提訴するのがよい。
国連で裁かれるなら欧米先進国は
すべて裁かれるであろう。
人類の歴史そのものが闘争と戦争である。
闘争と戦争は男が行っているので、それに伴い売春と
強姦が付いて回り、
混血が起こる。これも人間の性(さが)である。
今戦争もないのに数万の売春婦が朝鮮にいるが、
今度は「売春の日」を設けるという。

世界は人類の闘争で混血をおこした歴史である。
世界の国の領土は戦争により変遷して
現在に至っている。
現在の国は高々50~300年前の事である。
現在日本の植民地化を騒ぎ、
謝罪と補償を言っているのは
世界で朝鮮ぐらいのものである。
日本は台湾と朝鮮を支配したが他国の植民地政策から
比べれば過酷なものではない。
自尊心を傷つけたことはたしかである。
朝鮮は属国としたシナには謝罪と補償を言っていない。
朝鮮とは日本は戦争をしてはいない。
朝鮮と戦争したのはシナである。
朝鮮の反日批判は歴史上で理屈にあわない。
これは 恨 の民族性の発露である。
日本は反朝鮮を煽らず、傍観しておけばよい。
国際社会も火の粉を被らないために傍観するであろう。