肺癌手術と入院の徒然  2020年7月8日~19日

7月8日09:00 2台の車で屋久島安房港に行き妻の車を置いて、私の軽トラで宮之浦港に行く。妻は8日に手術説明受けて、鹿児島市内で1泊して9日手術立ち合い後安房港に帰る。妻はクラッチ車を25年操作したことがないので安房港に妻の車(オートマ)が必要である。

肺癌発見の経過
肺癌の早期発見に気を付けていたので、年に2回ぐらいはCTを撮っていた。
このCTでは肺癌を見つけ切らなかった。私の知識が低かった。
昨年の11月にも肺癌検査(X線撮影、痰検査)を受けて肺癌はないと診断されたが信用してはならない。1月初め胃もたれと喉が痛くて痰に血がまじることがある。胃カメラと喉の内視鏡を受けたが何もないと言う。それでも喉に血痰が絡む。さらにCTを受けると気がかりなことがあると医者が言う。CTを3回撮って、6月末になって専門医に見てもらうと言うことで、今給黎病院を紹介されて、色々な検査(主体が心臓検査)とPET検査を受けて、他に転移はなく3cm以下端末非細胞肺癌で腺がんのレベル1cであった。肺摘出手術するが心臓が弱っているので肺葉切除ではなく,リンパ節郭清(かくせい)をおこなわず肺の部分摘出手術となった。術後転移の確立が上がる。癌の早期発見で1cmの癌は、輪切り幅2cmでは発見されない、よってヘリカルCTがある病院が良い。それと医者の能力であるから呼吸器内科、外科がある病院が良い。呼吸器内科、外科をもってヘリカルCTを持つ病院を探して年1回の肺癌早期発見に努めればよい。
妻は言う煙草で「自業自得」と何度も言う、「本当のことを言って何が悪い」と言う、言われる私は心に痛みを感じる。

8日宮之浦10:20発鹿児島新ふ頭12:00着で、すぐ目の前の「めっけもん」回転寿司屋に行き二人で11皿食す。今アジとコハダがおいしい。14時私は今給黎病院に入院して麻酔科の今給黎先生(女性)に麻酔の説明を受ける。三尖弁逆流により心臓肥大で心臓が弱っているので心不全になり易い、最善の注意で全身麻酔を調整すると説明を受ける。16:30癌摘出胸腔鏡下手術の説明は呼吸器外科の今給黎先生(男)に家内と一緒に説明を受ける。私は入院し、妻は東横インホテルへ行く。

9日~12日4階集中治療室4日間
9日09:30より癌摘出胸腔鏡下手術で部分切除して、11:30ごろ集中治療室のベッドで目が覚めた。妻は手術終了後安房へ帰島した。チンチンにチューブを通して垂れ流しでトイレに行かずに済む、血が混じつた胸水(肺癌細胞を含む)をチューブで外へだす。痰が出て血の塊をせき込んで吐き出す。出るものにはすべて癌細胞が含まれている。9日の動く時は何をするにも看護師の手を借りないといけない。土日は手術がなく6人集中治療室に2名しかいないので、消灯21時以降23時まで電気を点けて本が読めるので居心地が良い。4日目になっても集中治療室に居る、大部屋が空かないからと言っているが私の心臓を心配して観察している。病室から空を見ると雨はあがっている。とびが数匹円を描くのが見える。屋久島の梅雨明けは例年10日~20日である。梅雨前線が北に上がり鹿児島は梅雨が明けたようである。

13日~14日3階個室2日間
13日月曜日3階の綺麗とはいいがたいが、小さな個室(追加料金なし)に入れてもらったが15日には大部屋にいかなければならない。電気を点けて本が読めるのはありがたい。療法士と一緒にリハビリで3階を一周(100m)歩いて回る。息切れなし、酸素濃度が95から91%に下がり、脈拍70から90に上がる。座るとすぐに元の値に戻る。一人で歩いてトイレに行ける自由がある。今回は心臓と肺の関係であるから体を動かすと息が上がり、心不全の恐れがある。リハビリと言ってもゆっくり歩く運動を繰り返して肺の動きを強化する。毎日肺の膨らみと心臓を見るためレントゲンを撮っている。
5日間で2.5kg体重が増えて65.5kgとなる。 62.5㎏を目指すためにご飯を半分にしてもらった。下限60.5kgから5㎏(豚バラ片ヒレ)増加して腹が真っ先に出てきた。

肺癌の私の概要所見
心臓疾患のため肺癌の完治手術(肺葉切除)ができなくて、リンパ節も残し、部分切除手術であるから、100%再発転移すると考えられる。退院後、再発がんを化学療法で押さえが必要と思われるが心臓に負担になるので検査のみである。此処はネットが繋がらないので、この件を調べることができない。1か月後(8月9日以降)の病理検査出た後今後の治療方針を相談すると言われた。今だ完全な癌検知検査手法はないので、マーカー血液検査、PET検査、CT検査など多くの検査を行って総合的に判断するようである。
心臓疾患と癌と寿命のどれが早いかであるが後10年は生きたいものである。妻は100まで生きるであろうから妻にPCとネット購入を教えなければならない
肺癌抑えと治療と心配は医者に任せて、妻とは心配せず、喧嘩もせず、愚痴も言わず、夫婦仲良く暮らした方がよい。このようなことを担当医の今給黎先生に言ったら、今給黎先生が「再発癌の心配と処置は引き受けた」と言ってくれた。今給黎病院は別の場所に新建設中で2021年1月オープン(コロナで半年遅れ)と聞いたので、最新鋭の医療器が導入されるであろう。医療は取りはぐれのない富の分配と投資で発展していくであろう。後期高齢者の10%負担はいただけない、30%負担が適当で、高齢者金融資産700兆円を吐き出させることを政府は考えなければ。バカな野党は考えるだろうか?高齢者の課税と負担は所得でなく資産によるべきだと考える。病院は色々な職種で構成され支えられて人回戦術の最たるものであり、富の分配に適している。本を7冊持ってきて、すでに6冊読んでいる。残り2冊しかないので後入院3日以上続くと読む本がない。カバンを整理していると靴がないことに気づいた。探してもらうためドアを開けようとすると、外に看護師の方が靴を持って立っていた。どうしてと聞くと8日の担当看護師が持ってきたと言う。私が脱走しないように靴を隠したのでしょうと冗談を言った。

15日3階 3人大部屋に移動するが二人のみ。
血痰が少なくなり、黒い血痰が出るので出血はしていないようである。リハビリで階を2周しても93を維持し、深呼吸すると97になることもある。運動と深呼吸訓練で元の98に戻さなくてはならない。持ってきた本を読み終えたので病院の相談所の本を3冊借りた。普段新聞は読まないが売店で150円の新聞を買ったがネットの報道機関の方が詳細で読みごたえと比較選択ができる。手持ちした持病の薬は23日まであると確認した、無くなればこの病院で手配を依頼した。
もう一人は高齢者の労咳(結核)で介護支援の手続きをしていた。
16日
今日からリハビリは3階を3周となったが酸素濃度92、脈拍90が30秒以内に酸素濃度95と脈拍70に戻った。血痰も出なくなった。体重63.5㎏となり目標62.5まで1㎏である。婦長と話したら、来週はじめ退院かな?と言われたので私は今週末と思っていたと言ったら、婦長は今週末で善処してみましょうと言ってくれた。婦長より連絡、退院は19日日曜日と決まった。13時の船で帰島できる。婦長はなまじの医者より力があり、なるほどと言われる人格を有している。
8月7日10:00に抜糸と病理所見と意思交換する。

呼吸器外科の今給黎先生から病理所見を聞いた。(8月7日の所見と同じ)
*は私の意見
1 2.9cm*2cmの腺がんであった。
2 肺葉切除(完治手術)は心臓に負担になるので、
ならない程度に部分切除した。
3 今後再発転移の可能性は高い。
  *自然神のみぞ知る。
4 現在、転移癌は見えけられなかった。
*癌細胞~数mmは見つけることができない。
5 退院後、化学療法は心臓の負担になるのでしない。
  *化学療法で心不全になると元の木阿弥。
6 マーカー血液検査、CT検査で転移と再発を調べる。
  *大きく、多量にならないと検知できない。
7 検査を今給黎でするか屋久島徳洲会でするか判断はまかせる。
  *術後の対処は今給黎病院に任せる。
8 心臓三尖弁閉塞不全の対処はセカンドオピニオンとして
小倉記念病院で診察受けたらどうか。(今給黎は心臓外科がない)
  *小倉記念病院に予約を取る。
手術前の腫瘍マーカー、CT、PET検査所見と行っている場手術後の検査所見比較を観たい。

私の感想
肺癌の5年生存率は34%である。これは60%が手術できない癌を含んでいる。
まだ手術ができる癌で1Bの場合は70%である。
転移は神の領域である。

1 今後今給黎病院でマーカー血液検査、CT検査で再発を調べる。
2 問題は肺癌化学治療に心臓三尖弁閉塞不全が障害となっているので
小倉記念病院に心臓疾患の人工弁が心臓寿命と癌に貢献するか?
3 心臓疾患での今後の健康度と肺癌と寿命の天秤判断である。
4 医者の心配はすべて心臓である。

帰宅後すぐ行う事。
1 ワイワイランドで鯛の吸い物用に鯛の荒を購入
2 ドラグ森でビールと歯間ブラシ購入
3 サムズで腕時計の電池交換
ここまでは宮之浦港から帰宅途中で購入
4 7冊の本の返却
5 黒ニンニク4㎏の保管
6 ベコニアの剪定と肥料
7 芝刈り
8 徳洲会病院へ紹介状の返事と発見のお礼
9  尾之間クリニックに報告する。
10 小倉記念病院に予約
11 雑草堆肥の蒸し焼き装置を作る。
100℃まで上げて雑草の種の発芽を止める。
12 地下室のほこり出し(ブロアーをかける)と
陶芸備品の整理

此処が重要である。
これから数年で心臓に負担にならない人生の送り方を考える。
1 灯油窯により陶器の製作。
2 ベコニアの品種収集
3 料理の勉強
4 ハムとベーコンの製作

17日
体重62.9㎏で目標62.5㎏まで後400gである。下腹がすっきりなった。
16日に医師から診断所見と術後対策を聞いたが、妻に8月7日再診に対し、一緒に言って聞くか言うと【私は聞いてもわからないので私の意見に従うので再診には行かない】と言う。医師に承諾をもらわねばならない。
婦長曰く「分からなくても一度はお聞き」。そのように伝えると、妻曰く「行きます」。指導力のない「弱気き夫の証明」である。
今回の手術入院の費用約7.3万円である。1割負担であるから国民健康保険は73万円かかったことになる。
医者が心配しているのは、肺癌の術後は任せてくださいと言うが、言葉からして医者の心配なのは狭心症と心不全のようである。

18日
いつものように04時眼が覚めた。読む本がない。鹿児島市内は晴れである。屋久島は雨という。08:30相談室の図書に行って、本の貸借を行う。明日はここが休みなので明日は会計に本を返しておくと記入した。
毎日PCのWordを操作するが、PCがネットに繋がらないと情報から離れて不自由を感じる。スマホの使用はOKであるからWi-Fi設備がないだけであろう。
入院してまでPCを操作する人がいないかもしれないかもかも。

リハビリは今日で最後、4周(400m)歩いても、酸素濃度94以下に下がらず、脈拍90に上昇するが座るとすぐにも、酸素濃度96に戻り、脈拍70にさがる。息苦しさは単に酸素濃度と脈拍だけではなく色々な要素が絡んで脳が息苦しいと感じる表現であり、息苦しいと感じたら座って動かないこと医学療法士は言う。これは肺ではなく心臓の対処である。
ちび丸子ちゃんの作家さくらももこの随筆「たいのおかしら」を読んでいるが何度も忍び笑いをする。津村節子著の「紅梅」(夫 吉村昭の癌闘病生活の私小説)と交互に読んでいる。
入院は3食常寝であるが、ベッドに寝ると病気になるので動いている。
さて昼食が済んで、何の料理を作って食べようかと思案した。
コロナ10万円の消費を屋久島でつかっていないのが問題である。

作って食べたいものは牛丼、肉うどん、中華丼、カレーライス、天丼といたって簡単なものである。冷凍豚ロース1㎏があるのでロースハムをつくる。中手羽1㎏も在庫してある。冷凍庫の在庫を確認しておかねばならない。

19日 退院
06:30に量ると体重が62.5㎏になった。腹も凹んだ。
昨日23時、2冊の本を読み終えた。
毎日人恋しさに、老人の雄たけびが2か所から聞こえる。雄たけびはまだ体力が残っている証である。この雄たけびは相互に干渉し合わない。
3階に山の写真が飾ってあるが、名前が分からないので、婦長に聞くと分からない、誰が飾ったのかも分からず、昔からあると言う。朝食後病室を片付けて09時帰り支度が済んだ。
会計で 手術入院費7.3万円を支払った。11:00タクシーでめっけもん回転寿司に直行した。
明日の昼食はステーキハウスに行ってステーキを食べる予定がそこにめっけもんが建っていた。
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めっけもんの持ち帰り鮨を頼んでおく、(アジとアナゴ、ホタテ、サーモン)*2皿+(えんぶちとイカ、鯛、コハダ)*1皿で12皿となる。

その間に近くの吉野家でうな重定食を頼む。1580円
ウナギがたれにつかりすぎて塩辛い。
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ポッピーはガラガラである。
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巨大空母 馬毛島空母はすでに艦橋がある。
長い長い海の国境を持つ日本に空母はいらない、空母3隻と人員を維持できない。
日本は宇宙と地上からの電子バリアによる防御と攻撃が必要である。
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人間の最低の差別のまとまりが国である。民族と文化、言語、宗教のまとまりが国である。まだ国の概念ができて2~3百年である。あと数百年は戦争を続けていくであろう。人の宗教は宇宙神の分派と理解すれば、まだ戦争は少なくなるであろう。宇宙神ほど理屈の通っているがまだ解明されていない神はないであろう。夜膨大な星を見れば宗教なんてチャラくさい。言語はIAで同時通訳脳波により言語の差を感じられない世界が来るかもしれない。残るは民族である。種混合装置ができて地球族が繁栄するかもしれない。何はさておき教育が進んだ方が世界を制覇する。日本は戦争に加担して国を消耗させてはならない。日本はシナと朝鮮、ロシア、アメリカに対して注意しなければならない。日本人は国を尊敬し守ろうとしないが国の金だけは要求し続ける。日銀でどんどん印刷して渡せばよい。これがデフレからの脱却である。

17時帰宅してまずシャワーを浴びてコロナと都市の垢を洗い流す。
心配かけたのでまず同窓会にE-Mailする。

持って行ったカバンの中を整理して24時就寝。